金曜の定例。予定時間を10分オーバーして「その方針で進めましょう」と散会。月曜の朝、ベンダーから上がった成果物を見ると、自部署の想定と微妙に違います。差分を指摘すると「仕様にはそう書いてあります」「その場では合意いただきました」と返ってきます。社内に説明すると「そんな話は聞いていない」と庶務部門から横槍。再修正の見積が出て、稟議のやり直し。プロジェクトは進んでいるはずなのに、毎週「言った言わない」の消耗戦が続きます。
本記事では、合意を「形式知(誰が見ても同じ意味になる記録)」にする実務のやり方を、1枚の合意メモと運用ルールに絞って解説します。会議でそのまま使える話法とテンプレートも提示します。
Contents
典型的な失敗事例:会議は終わるが、合意は残らない
現場でよくあるのは、会議中は雰囲気がよく、議論も活発なのに、終わった後に「合意の中身」が残らないパターンです。次のような情景が連鎖します。
- 議事録はあるが、要点が箇条書きで「検討する」「進める」などの動詞止まり。Yes/Noや数値が書かれていません。
- 範囲の線引きが曖昧です。「A連携のみ今回対象」と言ったつもりが、ベンダーは「B連携も同等だから含む」と解釈。
- 社内通知は口頭やチャットの断片。後から関係部署が「初耳」と言い出し、調整コストが爆増します。
- 決める人(意思決定者)とやる人(実行責任者)が別で、どちらの承認が必要か曖昧。ベンダーは誰のOKをもって合意とみなすか不明確です。

この状態が続くと、次の悪化ループに入ります。
- 合意の解釈ズレ→手戻り→見積増→稟議差し戻し→スケジュール遅延→焦りから口約束増→更なるズレ。
- ベンダー側は「再現可能な指示がない」と判断してバッファを厚く見積。コストがじわじわ増えます。
- 社内政治的にも「情報が回っていない」と陰口が増え、発注側リーダーの信用が削られます。
原因は高度な技術ではありません。合意の単位・粒度・証拠を決めずに会議していることが根本です。会議を終えるのではなく、「合意を残す」ことを会議の出口に据え直す必要があります。
原理原則:合意の「粒度」と「証拠」を決めてから話す
対処のポイントは2つに絞ります。
- 合意の粒度をYes/Noと数値で判定できる最小単位にする
- 合意文を、後から誰が読んでも同じ解釈になる形に砕きます。例えば「〇〇は標準に合わせる」ではなく、「〇〇の入力フォーマットはYYYY-MM-DD固定(自由入力不可)。
- 既存データは移行時に左ゼロ埋め。例:2025-04-07」と書き切ります。
- これにより、成果物のレビューで「合っている/外れている」を判定できます。曖昧語(柔軟に、迅速に、原則、等)を避け、Yes/No、数値、例示を入れます。
- 合意の証拠と通知の仕組みを固定する
合意は「合意メモ(1枚)」にまとめ、合意台帳で採番し、関係者へ必ず通知します。- 証拠とは、誰が、いつ、何に、どう同意したかが追跡できること(トレーサビリティ)です。
- 通知は「沈黙は同意(サイレントアセント)」ルールを付けると回りやすくなります。たとえば「24時間以内の反対がなければ合意とみなします」と明記します。
なぜ発注側に効くのか。お金・時間・社内政治の観点で説明します。
- お金:合意の粒度が粗いほど、ベンダーはリスクバッファを上乗せします。逆に最小単位で合意できれば、見積根拠が明確になり、不要な上振れを防げます。
- 時間:口約束の修正は二重三重の説明が必要で遅くなります。合意メモはそのまま「参照して修正依頼」ができ、往復回数を減らします。
- 社内政治:合意の証拠があると、関係部署からの「聞いていない」に対して、冷静に「何月何日の合意メモNo.12で通知済み」と示せます。感情論に引きずられにくくなります。
用語補足:
- トレーサビリティ(traceability):決定が、どの要求・成果物・テストにどう影響するかをたどれる状態。
- RACI:役割分担を明確にする枠組み。実行責任者(Responsible)、最終責任者(Accountable)、相談先(Consulted)、報告先(Informed)の頭文字です。
この2点だけで、合意の多くは収束します。高度なフレームは不要です。
使い回せるフォーマットと話法:1枚合意メモ/読み合わせ/通知ルール
次の3点セットをそのまま使ってください。
1) 合意メモ(1枚)のテンプレート
会議の最後の5分で埋め、読み合わせます。採番して台帳に登録します。
| 項目 | 記入例 |
|---|---|
| 合意ID | D-2025-014 |
| 件名 | 顧客検索の氏名入力フォーマット |
| 背景 | フリガナの表記ゆれにより一致率が低下している |
| 選択肢と評価 | A: 自由入力(簡単だが一致率低)/ B: プルダウン(学習コスト高)/ C: ルール固定(運用負荷小) |
| 決定内容(Yes/No/数値) | Cを採用。氏名は全角カナ、スペースは「・」、最大20文字。例:コンタ ロウ |
| 対象範囲(含む/含まない) | 含む:新規登録画面、CSV取込。含まない:外部API経由の登録(別合意で扱う) |
| 前提・制約 | 既存データは移行時に変換。ヘルプに変換ルールを記載 |
| 影響(納期/コスト/品質/業務) | 納期+3日、コスト+20万円、検索一致率+15%見込み |
| RACI | R: ベンダーUI担当/A: 発注側業務PL/C: CS部門/I: 情シス |
| 有効期限・再議条件 | 5/31までにCS部門から異議があれば再議。なければ固定 |
| 添付 | 変換ルール仕様v2 |
| 周知先 | 全開発チャンネル、CS部門、PMO |
2) 会議終盤の「読み合わせ」話法
合意メモを画面共有し、次のスクリプトで確認します。
- 「今から合意メモD-2025-014を読み上げます。誤りがあればその場で止めてください」
- 「決定内容は『氏名は全角カナ、最大20文字』で合っていますか。ベンダー側から端的に復唱をお願いします」
- 「対象範囲に外部API経由は含みません。誤解ないように。誰かの認識が違えば今ここで直します」
- 「異議申立て期限は5/31です。期限までに反対がなければ確定です。よろしいですか」
3) 通知・保管の運用
台帳(Decision Log)に登録し、通知テンプレで送ります。
- 件名(メール/チャット):【合意確定】D-2025-014 氏名入力フォーマット(異議期限5/31)
- 本文テンプレ:
- 関係各位
本日の定例で下記を合意しました。24時間以内に事実誤認があれば返信ください。なければ合意として台帳確定します。
合意ID:D-2025-014/件名:氏名入力フォーマット/決定内容:全角カナ、最大20文字/影響:納期+3日、コスト+20万円/RACI:R-ベンダーUI、A-業務PL
詳細は台帳を参照ください(リンク)。
- 関係各位
- 台帳の最小項目:
- 合意ID/件名/日付/担当R/A/期限/リンク(合意メモ)/影響有無(期日/費用/品質/業務)/状態(提案中/合意/再議)
補助チェックリスト(会議前に3分で確認)
- 5W2H:いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのくらい、どうやって
- 境界条件:「含む/含まない」が書けるか
- 判定性:Yes/Noと数値でチェックできるか
- 役割:RACIが埋まっているか
- 通知:期限と周知先が書かれているか
適用例:同じ案件でのBefore/After(合意メモ運用の初週)
題材は「会員検索結果の表示条件」。Beforeは、毎週ズレていた典型ケースです。
Before(従来の定例)
ベンダー:「検索速度は極力上げます。ページングは柔軟に対応します」
発注側:「そうしてください。UIはユーザーに優しく」
議事録:「検索は高速化、ページングは柔軟に対応。UXを考慮」
一週間後に上がったもの:100件を1ページに表示、無限スクロール実装。CS部門は「印刷に不向き」と反発。再対応で2週間遅延、追加費用30万円。
After(合意メモ+読み合わせ運用)
定例の最後に合意メモ作成。読み上げと復唱を実施。
合意メモD-2025-009(抜粋)
決定内容:検索結果は1ページ20件、最大1000件までページング。無限スクロールは採用しない。印刷用レイアウト(A4横)を提供。
影響:納期+2日、コスト+10万円、CSの印刷工数−50%見込み。
RACI:R-ベンダーAPI、A-業務PL、C-CS、I-経営企画。
異議期限:金曜17時。CS部門から「印刷ボタンの位置」だけコメント→当日中に修正。
会話の実例(読み合わせ)
– 発注側:「『無限スクロールは採用しない』ここ誤解が出やすいので、ベンダー側から復唱ください」
– ベンダー:「はい、1ページ20件固定、ページ送り。スクロールでの追加読み込みはしません」
– 発注側:「印刷レイアウトはA4横、余白10mm。この数値でレビューします。OKですね?」
– CS部門:「OKです。印刷ボタンは右上固定でお願いします」→合意メモに追記。
結果
– 翌週の成果物は一発合格。手戻りゼロ。以前なら2週間かかった修正が不要に。
– 追加費用は10万円で打ち止め。Afterの方が20万円安い。
– 社内報告も「合意ID D-2025-009 参照」で説明が短時間に収束。
Before/Afterの差は、技術力ではなく「判定できる一文」と「証拠の運用」です。合意メモはレビュー基準にもなるため、受け入れテスト(UAT)での論点も減りました。さらに、経営層への報告も「合意台帳の影響欄」を読み上げれば、追加稟議の根拠が伝わります。
まとめ
- 問題の本質は、会議が終わっても「合意が残らない」ことにあります。口約束は必ずズレます。
- 対処はシンプルに「合意の粒度をYes/No・数値まで下げる」「合意の証拠(合意メモ+台帳+通知)を回す」の2点です。
- 1枚の合意メモ、読み合わせの話法、通知テンプレの3点セットで、手戻り・見積上振れ・社内摩擦が大きく減ります。
- Before/Afterの事例の通り、効果は初週から出ます。専門ツールは不要です。
明日ひとつだけやるなら、定例の最後の5分を「合意メモの作成と読み合わせ」に固定してください。合意IDを採番し、24時間ルールで通知すれば、それだけでプロジェクトの空気が変わります。


コメント