発注側リーダーのための業務再設計術:リプレースで現行踏襲を断ち改革効果を出す方法

ケーススタディ

社内の基幹システム更改。要件定義の会議で「現行業務は変えない前提で」と役員が言い、現場はうなずきます。ベンダーはFitとGap(標準機能で合う・合わない)の一覧を出してきて、Gapの大半に「カスタマイズ提案」が並びます。UAT(受け入れテスト)最終週、ユーザーは「前と同じ操作じゃないと困る」と差し戻し、ベンダーは夜間に修正。いざ本番、導入効果の報告会で役員に「結局、何が良くなったの?」と聞かれ、沈黙します。

本記事では、この「現行踏襲の罠」を避けるための実務フレームを2つに絞って解説し、明日から会議で使えるテンプレートと話法まで提示します。

現行踏襲の落とし穴:典型的な失敗パターンの現場描写

よくあるのは「現行を壊さない」ことが安全策に見え、意思決定の拠り所が「前からそうしている」になるパターンです。会議では次のようなセリフが飛び交います。

  • 「その承認、うちの部では必須なんです。監査で言われるので」(根拠は実は昔の監査指摘)
  • 「この例外は年に数回だけど、VIP顧客だから外せません」(頻度と費用の比較がない)
  • 「移行リスクがあるので、新旧の二重入力でしばらく運用します」(期間の区切りがない)

こうして例外が積み上がると、標準機能に合わせるチャンスを逃し、カスタマイズが雪だるま式に増えます。Fit&Gap(標準適合性の判定)で現行を正とするため、議論は「合わせるための仕様」になり、削る話は出ません。結果として、次の悪化が起きます。

  • コスト増:当初見積の1.3〜1.8倍に。開発・テスト・移行が膨らみます。
  • スケジュール遅延:例外対応のテストが末尾に集中し、手戻りで2〜3カ月延びます。
  • 効果不明:KPI(重要指標)が定義されないままGo-Liveし、「体感的に便利」以上の説明ができません。
  • 運用負担増:二重入力や暫定Excelが常態化し、現場の残業が増えます。

さらに厄介なのは社内政治です。「あの部の承認だけ外すのは不公平だ」という声が出ると、判断が止まります。こうなると発注側のあなたは、ベンダーには仕様増を飲ませ、社内には“痛み”を先送りする板挟みになります。真面目に進めるほど損をする構図です。打開には、仕様議論の前に「何をやめるか」を先に決める土台が必要です。

解決の原理:目的から逆算する業務再設計とKCDキャンバス

論点は2つだけに絞ります。順番の原則と、やめる・変える・残すを仕分ける枠です。

意思決定の順番を変える

「目的→指標→原則→業務→システム」の順で決めます。

  • 目的:今回のリプレースで達成したい事業成果(例:受注から出荷までのリードタイムを2日→当日に短縮)
  • 指標(KPI):数字で測れるもの(例:承認数12→3、例外シナリオ80→15以下、カスタマイズ費を5割削減)
  • 原則:判断ルール(例:「標準機能優先」「例外は週1件未満でなければ廃止」「監査根拠が文書で示せなければ承認は廃止」)
  • 業務:To-Be(理想の業務フロー)を描く。現行の写経は禁止。
  • システム:To-Be業務を最小コストで実装する方法(設定・開発・外部化)を選ぶ。

この順番は、お金・時間・社内政治の三面で効きます。お金はカスタマイズ削減で直に下がります。時間は意思決定のやり直しが減ります。社内政治は「原則」に紐づけることで“人の都合”ではなく“合意したルール”として説明できます。

KCDキャンバスで仕分ける

KCDとは、Keep(残す)・Change(変える)・Drop(やめる)の頭文字です。業務ステップやルールを1行1要素で並べ、K/C/Dを決めます。判断のために、次の5つの問いを当てます。

  • その活動は顧客価値に直結していますか?直結しないならDrop候補です。
  • 監査・法令の根拠は文書で示せますか?示せなければDrop。
  • 頻度とコストは釣り合いますか?年1件に月次の承認は過剰です。
  • 例外をまとめて標準に寄せられますか?寄せられるならChange。
  • 残すなら“最小のやり方”は何ですか?RPAや手作業の暫定は期間を区切る。

KCDはベンダー見積りの透明化にも効きます。Dropすれば開発が消えます。Changeは設定や簡易開発の範囲に収める交渉材料です。Keepは“そのまま”ではなく“標準で置き換え”が原則です。この枠を使うと「全面踏襲」ではなく「目的に効く最小限の踏襲」に変わり、投資対効果が見える化します。

明日から使えるテンプレ・話法・フォーマット

まずは仕分けの台紙です。コピーして使えます。

KCDキャンバス(1行1要素で記入)

業務ステップ/ルール現状のやり方K/C/D根拠(目的・指標・法令/監査)影響(コスト/リスク)実装方針(標準/設定/開発/外部化/手作業暫定)決定者期日備考
         

意思決定ログ(後戻り防止)

ID議題決定内容代替案根拠資料リンク影響範囲決定者/同意者実施期限
        

会議アジェンダ(60分)

  1. 目的・指標の再確認(5分)
  2. KCDレビュー:本日の対象10件(40分)
  3. 決定の記録と宿題(10分)
  4. リスク・前提の更新(5分)

司会の話法例(冒頭と反論時)

本日は“何をやめるか”を先に決めます。原則は3つだけです。1つ、標準機能優先。2つ、監査・法令の根拠がなければ承認は廃止。3つ、年1回以下の例外はDrop。反対意見は根拠とコストでお願いします。

VIP対応を残す場合、年3件に対して年間200時間の運用コストです。目的の“当日出荷”と矛盾します。Changeに寄せる案(値引き基準の標準化)を先に検討しましょう。

事前合意メールひな形

件名:業務再設計の判断原則(KCD)合意のお願い

本文:
各位

次回ワークショップで業務ルールのKCD(残す/変える/やめる)を決定します。合意した原則は下記です。

1. 目的:受注〜出荷リードタイムを当日化。
2. 指標:承認数12→3、例外80→15、カスタマイズ費▲50%。
3. 原則:標準機能優先/監査・法令根拠のない承認は廃止/年1回以下の例外は廃止。

各部で「監査・法令の根拠資料」「例外頻度(直近1年)」をご準備ください。

PMO ○○

例外削減クイックチェック(会議でYes/No)

  1. 直近12カ月の発生件数は月1件未満ですか?
  2. 顧客満足への直接影響は定量化できますか?
  3. 代替手段(標準値引き、手数料)で吸収できますか?
  4. 監査・法令の根拠は文書で提示できますか?
  5. Dropした場合の年間コスト削減は○時間/○円以上ですか?

このテンプレは、チャットや議事録にそのまま貼れます。会議体で使うほど、議論が「好み」から「ルールと数字」に移り、社内合意が作りやすくなります。ベンダーにはKCDの列「実装方針」に基づき、見積の内訳(設定/開発/移行/テスト)を分解させ、DropやChangeの反映を即日リバイスさせると効果的です。

適用例:受注〜出荷リプレース案件に当てはめる

事例設定:老舗メーカーの受注〜出荷プロセス。現状は承認12段、紙稟議、Excel転記、出荷は翌日。例外は80種類。新ERPへリプレース予定でしたが、現行踏襲の声が強く、カスタマイズ見積が2,000万円に膨張していました。

Before(現行踏襲のまま)

– Fit&GapでGap多数、カスタマイズ2,000万円、期間+3カ月。
– UATで「前と同じボタン配置に」と差し戻しが連発。
– 二重入力の暫定運用が「当面」で固定化。
– KPI未定で効果説明ができず、スポンサーが不満。

Cを当てはめる:KCDキャンバスと順番の原則を導入
– 目的:当日出荷化(出荷リードタイム2日→0日)
– 指標:承認12→3、例外80→15、カスタマイズ費▲50%、二重入力期間は最大4週間に限定。
– 原則:標準機能優先/監査・法令以外の承認は廃止/年1回以下の例外は廃止。
– 1週間でKCDワークショップ3回、各回10〜15件を決定。監査室に根拠の確認を同席依頼。

KCD抜粋(サンプル記入)
– 「特別値引きは営業部長・本部長・役員の三重承認」→D(法令根拠なし、年6件、年間運用コスト200時間)
– 「VIP顧客向け当日便のFAX依頼」→C(ポータル申請に統合。SLA明文化)
– 「手書きピッキングリスト」→D(スキャン運用。棚卸しと統合)
– 「月次の紙稟議」→D(電子申請へ。監査とログで代替)

会議での一幕(司会のセリフ)
引用:
「この三重承認は年6件で、当日出荷の遅延要因です。法令根拠はありません。代替として標準の値引き上限を設定し、逸脱は翌営業日に事後レビューとします。K→C→Dの順で検討しましたが、今回はDと判断します。」

After(適用結果)

– 承認12→3(出荷・信用・供給の3承認のみ)。
– 例外80→14に整理、うち8はポリシー統一で標準化。
– カスタマイズ費2,000万円→600万円(設定中心)。
– 移行後の二重入力は4週間で打切り、以降は停止。
– 出荷リードタイムは平均0.8日→0.1日(当日内)。
– ユーザー教育は操作ではなく“原則”と“意図”を中心に再設計。

スポンサー報告では、KPIの達成状況を意思決定ログとセットで提示しました。「何をやめたか」「なぜやめたか」「いくら浮いたか」が1枚にまとまり、社内の反発も「合意した原則に照らすと確かに不要」という空気に変わります。ベンダー側の再見積も即日出せるため、稟議は1回で通過しました。現行踏襲の罠は、技術ではなく意思決定の型で回避できます。

まとめ

  • 問題の本質は「現行を正」とする順番の誤りです。仕様の前に「目的→指標→原則→業務→システム」の順で決めることが重要です。
  • KCDキャンバスで業務要素を1行ずつ「残す/変える/やめる」に仕分けると、議論が“好み”から“根拠と数字”に移り、社内政治を減らせます。
  • 原則は「標準機能優先」「監査・法令なき承認は廃止」「低頻度例外は廃止」の3点に絞り、意思決定ログで後戻りを封じます。
  • ベンダーにはKCDの実装方針列に基づいて見積内訳を分解させ、Drop/Changeの効果を即日反映させます。投資対効果が明確になります。

明日ひとつだけやるなら、次回会議の冒頭で「KPI(承認数、例外数、カスタマイズ費)の目標値」と「原則3つ」を読み上げ、KCDキャンバスの空表を配ってDrop候補を3件決めてください。ここから歯車が逆回転を始めます。

  • 経済産業省「DXレポート(2025年の崖)」https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
  • IPA「非機能要求グレード」https://www.ipa.go.jp/sec/softwareengineering/nfr.html
  • IPA「BPMNで始める業務プロセスのモデリング入門」https://www.ipa.go.jp/ikc/reports/20220328.html
  • デジタル庁「業務改革のためのデジタルガバナンス・コード」https://www.digital.go.jp/policy/digital_governance_code/

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