発注側のプロジェクトリーダーにとって、「上申資料の説得力が足りない」「会議で論点が散らばる」「ベンダーとの会話がかみ合わない」といった悩みはつきものです。ITの専門用語に自信がなくても、ロジック(論理)の構造さえ握れば、要件整理・意思決定・交渉はいっきにスムーズになります。本記事では、事業会社の企画とITコンサル双方の現場で磨いてきた視点から、ロジックツリーの基本から実務での使いどころ、具体例に基づく要件化、会議設計・RFP・ベンダー交渉まで、今日から使えるレベルで徹底解説します。
発注側リーダー必読:ロジックツリーの基本概念と現場課題の見える化・失敗しない使いどころ
ロジックツリーとは、あるテーマを「なぜ(原因)」「何を(論点・選択肢)」「どうやって(実行策)」に分解し、枝分かれさせながら全体像を抜け漏れなく構造化する思考の道具です。紙とペン、ホワイトボード、スライドなど、どんなツールでも描けるのが強みで、IT知識がなくても“論理の骨組み”が共有できるため、発注側が主導するにふさわしいフレームワークといえます。
ツリーには大きく「Whyツリー(原因分解)」「Whatツリー(論点・選択肢の列挙)」「Howツリー(施策分解)」の3つの使い分けがあります。たとえば「SLA未達」の原因を洗うときはWhy、「顧客満足度向上の打ち手」を洗うときはWhat、「選んだ施策を実行計画に落とす」ときはHowです。同じテーマでも、目的に応じてツリーの種類を切り替えると議論がクリアになります。
現場でありがちな課題は、論点が混線して「原因」と「解決策」と「要望」が同じ会議で飛び交うことです。ロジックツリーは、枝ごとに意味(原因・論点・施策)を明確にし、議論の交通整理役を担います。さらに、枝をたどれば「なぜこの結論か」を遡れるため、上層部への説明責任(アカウンタビリティ)も果たしやすくなります。
とはいえ、やみくもに細かく分解すれば良いわけではありません。失敗するパターンは、(1)MECEでない分解(重複や漏れが多い)、(2)データ裏付けのない憶測枝が主流、(3)意思決定に関係ない“観賞用ツリー”の作成です。発注側リーダーの使いどころは、「意思決定を前に進めるための必要十分な深さ」で止めること、そして“次の会議で何が決まるか”に直結した粒度で作ることです。
実務では、まず「1枚に収まるラフ版」を5〜10分で描き、メンバーに見せながら口頭で修正するのがコツです。ホワイトボードやMiro/PowerPointなら枝の入れ替えが容易で、時間を区切って合意していくと生産性が上がります。会議前に写真やPDFで配布すれば、参加者の頭の中に“同じ地図”が共有され、冒頭から本題に入れます。
簡単な例を挙げます。テーマ「問い合わせ対応が遅い」。Whyツリーでは「人員不足」「問い合わせの質が悪い(情報不足)」「ツールが遅い」「優先順位付けができない」に分け、さらに「人員不足→繁忙期偏在」「ツールが遅い→検索性が悪い/応答時間が長い」などと掘ります。次にWhatツリーで「人を増やす/問い合わせフォーム改善/FAQ強化/優先度ルール策定/システム改善」を列挙。最後にHowツリーで「フォーム必須項目追加→法務確認→改修→ABテスト」と具体化。これで“話が混じらない”状態を作れます。
要件整理に効く具体例:MECE設計からユーザーストーリー化と上申資料骨子作成まで
要件整理の出発点は「目的→成果→指標」の論理です。ロジックツリーで「なぜやるか(業務と経営の目的)」「何を達成するか(業務KPI/顧客体験の変化)」「どう測るか(SLAや工数、NPSなど)」を分解し、目的に直結しない要望は枝から落とす。目的のない要件は、将来の保守コストやスコープ膨張の温床になるからです。
MECE(Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive:漏れなくダブりなく)を意識した分解は、要件の構造化に威力を発揮します。典型的な切り口は「機能(業務プロセスの各ステップ)」「データ(入力・保管・出力)」「役割(ユーザー/権限)」「非機能(性能・可用性・セキュリティ・運用性)」「移行/教育/体制」です。同じレベルの粒度をそろえると、見積りやテスト観点にも直結します。
具体例で示します。テーマ「問い合わせ対応が遅い」を要件に落とす場合、目的は「初回返信SLAを24時間→4時間へ短縮」。機能要件は「問い合わせフォームの必須項目拡充」「自動タグ付けでカテゴリ振り分け」「優先度ルールに基づく自動割当」「テンプレート返信」「FAQサジェスト」。非機能要件は「ピーク時同時100ユーザーでも2秒以内応答」「99.9%可用性」「操作ログ保持1年」。データ要件は「問い合わせID、顧客属性、カテゴリ、SLA期限、担当者、解決フラグ」。移行・教育は「既存FAQのタグ付け移行」「オペレータ研修2時間×2回」。こうして枝をMECEに並べると、抜け漏れチェックが可能になります。
分解した要件をユーザーストーリーに翻訳すると、現場に伝わりやすくなります。例:「私はサポート担当として、優先度ルールに従って案件が自動配賦されることで、緊急案件を取り逃さないようにしたい」「私は顧客として、問い合わせフォームで自分に合う選択肢が提示されることで、早く正しい窓口に届くようにしたい」「私はSVとして、SLA超過予測のアラートが見えることで、リソースを前倒しで再配置したい」。ストーリーごとに受け入れ基準(何をもって完了か)も添えます。
優先順位付けは、ツリー上で「目的への貢献度×実行難易度」で評価します。MoSCoW(Must/Should/Could/Won’t)でクイックに分類し、「MustはSLA短縮に直接影響」「Shouldは効率化」「Couldは体験向上」とタグをつける。これによりリリース順序が決まり、スコープ調整や段階導入(Phase1/2/3)も説明しやすくなります。上層部は“すべてやる”より“目的に効く順”を好みます。
上申資料の骨子は、ロジックツリーをそのまま目次化すると速いです。1枚目に「目的・背景(現状SLA指標と機会損失)」。2枚目に「原因分析(Whyツリーの要点)」、3枚目に「代替案比較(Whatツリーから候補A/B/Cと効果・費用・リスク)」。4枚目に「推奨案と根拠(貢献度×難易度の評価)」。5枚目に「実行計画(Howツリー:マイルストーン・体制・投資計画・KPI)」。最後に「リスクと対応・意思決定事項」。本文は簡潔に、ツリー全体図は付録で示すと納得感が格段に上がります。
会議設計・ベンダー交渉で活きる活用術:RFP設計、論点管理、質疑対応と合意形成の実務
RFP(提案依頼書)は、ロジックツリーの枝を“章立て”に変換すると作りやすくなります。スコープは「機能の枝」「非機能の枝」「データの枝」「移行/教育の枝」で明示し、各枝に“目的とのトレーサビリティ”を付ける。さらに、ベンダーには「枝ごとのアーキテクチャ案・工数・リスク・代替策」を回答フォーマットで求めると、比較が定量的になります。
会議設計では、アジェンダをツリーの階層に沿って並べ、各セクションに“決めること”を一行で書きます。事前配布資料にもツリーの該当枝をハイライトし、参加者ごとに“自分が関係する枝”が一目でわかるようにする。時間配分は「重要枝に厚く、情報共有は事前動画/メモ」で圧縮。会議中の“寄り道”はパーキングロットにメモし、必要なら枝を増やして次回へ送る、それだけで生産性が跳ね上がります。
質疑対応は「どの枝に関する質問か」を最初に特定することで迷子を防ぎます。論点表は「要件(機能/非機能)」「前提・制約」「スケジュール」「コスト」「リスク」「体制」の6分類で作っておくと網羅的です。回答できない場合は、枝単位で“必要な根拠データ”を定義し、持ち帰り期限を明記。会議録には「枝番号→決定/未決/ToDo」を記すと、誰が見ても追跡可能になります。
交渉の場面では、ロジックツリーが“譲れない価値”と“代替可能な手段”を切り分ける武器になります。たとえば「SLA短縮(目的)」に対して「優先度自動化(手段A)」「FAQ強化(手段B)」など、複数経路を見せながら、費用やリードタイムのトレードオフを可視化する。価格交渉も“単価の押し合い”ではなく“枝の取り扱い(削る/段階化/代替)”で合意すると、関係性を損ねずに成果を守れます。
合意形成は、枝ごとに“定義の確定度”を信号機(確定/要検討/保留)で管理し、会議ごとに緑の面積を増やすイメージで進めます。Fit/Gapワークショップでは、現行業務(As-Is)と将来像(To-Be)を枝にマッピングし、Gap枝に対して「設定変更で対応/個別開発/業務変更/スコープ外」を色分け。プロセスオーナーの承認は“枝単位のサインオフ”にすると責任の所在が明確です。
変更管理とリスク対応もツリーで一元化できます。変更要求(CR)は「どの枝の変更か」「目的への影響は何か」「コストとスケジュールの差分」をテンプレで申請させ、週次のガバナンスで合否判定。リスクは「発生源の枝」「影響する枝」を紐づけ、回避策/低減策/受容策を事前に定義。経営報告は“枝の状態ダッシュボード”を1枚で見せれば、エスカレーションのスピードが上がります。
ロジックツリーは、ITの専門家だけの道具ではありません。発注側リーダーが“意思決定の地図”として使えば、要件整理は漏れなく・会議は迷いなく・交渉は筋よく進みます。まずは次の会議で、A4一枚のラフなツリーを描いて持ち込んでみてください。目的に効く枝から合意を重ねていけば、上申資料の説得力も開発の確度も、目に見えて変わります。今日から、あなたのプロジェクトに“論理の骨組み”を入れていきましょう。


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