発注側リーダーとして、進捗とコストの“見える化”をどう実務に落とし込むか——本稿は、IT知識が高くない方でも、EVM(Earned Value Management:アーンド・バリュー・マネジメント)を基礎から具体例で理解し、ベンダー管理・変更管理・経営報告・定例会・リスク管理へ確実に活用できるように設計した入門と実践のガイドです。企画部門とITコンサル両方の視点から、発注側に必要な「勘所」と「運用ルール」を、失敗しない前提条件とあわせて解説します。
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EVMの全体像:目的・効果・適用範囲と発注側の役割、失敗しない前提条件とガバナンス
EVMの目的は、計画(Plan)、実績(Actual)、出来高(Earned)の三点を定量的に結び、プロジェクトの“いま”と“これから”を数字で語れるようにすることです。単なる「予算消化率」や「タスク完了数」では見えない、コストとスケジュールの複合的な健全性を、単一の枠組みで継続モニタリングできるのが利点です。

効果としては、問題の早期発見(SPI/CPIのしきい値逸脱)、完了時総コストの予測(EAC)、打ち手の効果検証(CPI改善の有無)などが挙げられます。発注側にとっては「経営判断に耐える早い予兆」と「是正行動の優先順位」が得られるため、上層部報告や追加予算交渉の説得力が劇的に上がります。
適用範囲は、ウォーターフォール、アジャイル、ハイブリッドのいずれにも拡張可能です。アジャイルではスプリント単位のストーリーポイントを出来高の代替指標として扱い、ウォーターフォールではWBSとマイルストーンに沿って計画価値(PV)を配賦します。重要なのは「出来高の定義を曖昧にしない」ことです。
発注側の役割は、EVMの“基準線(Baseline)”を合意し、変更管理での再基準化のルールを決め、ベンダーに必要なデータ(PV, EV, AC)を確実に提出させるガバナンスを敷くことです。EVMは“報告様式”ではなく“管理プロセス”であり、調達要件・受入定義・検収条件にまで落とし込む必要があります。
失敗しないための前提条件は、WBSの粒度、出来高ルール(0/100、50/50、成果物受入で100%など)、計画原価の配賦方法、工数・経費の記録精度、そしてステータスの更新頻度(週次・月次)の合意です。これが曖昧だと「見かけの数字合わせ」になり、意思決定を誤らせます。
ガバナンスとしては、しきい値(例:CPIまたはSPIが0.9未満でレッド)と、逸脱時の是正アクション(回復計画提出、CR検討、一時停止など)を事前に取り決めます。さらに、経営層向けエグゼクティブ・サマリーと現場向け詳細レポートの二階建て運用にし、報告負荷と意思決定速度を両立させましょう。
表(補足):発注側の役割とガバナンス要点
| 項目 | 発注側の責任 | ベンダーの責任 | 合意すべき基準 |
|---|---|---|---|
| WBS/スコープ | 最終承認・優先度付け | 草案作成・見積り | 粒度(1〜2週で出来高評価可能) |
| 出来高ルール | 受入基準定義・検収 | 進捗評価提示・根拠 | 0/100等の適用ルール |
| 計画原価(PV) | BAC承認・資源計画 | 配賦案提示 | ベースライン凍結日 |
| 実績原価(AC) | 記録様式承認 | 工数・経費の正確計上 | 計上締日・監査可能性 |
| レポート頻度 | 週次・月次の定義 | 指標算出・説明 | KPIしきい値・是正手順 |
構造化図(情報の流れ)
企画要件 → WBS/BAC設定 → PV配賦 → 実績AC収集 → 成果受入でEV算出 → KPI判定(CPI/SPI)→ 是正/CR判断 → 経営報告
具体例で学ぶEVM計算:PV・EV・ACとCPI/SPIで読む進捗とコスト差異の基本
まず記号の定義です。PV(Planned Value)は計画時点での出来高の価値、EV(Earned Value)は実際に獲得した出来高の価値、AC(Actual Cost)は実際にかかったコストです。BAC(Budget at Completion)はプロジェクト全体の予算、EAC(Estimate at Completion)は完了見込み総コストを表します。

シンプルな例を置きます。全10週・BAC=1,000万円のプロジェクト。5週目の時点で、計画では50%まで進む想定なのでPV=500万円。受入済み成果物ベースの実進捗が40%ならEV=400万円。実際に支出した費用(人件費・外注費等)がAC=600万円だったとします。
このとき、コスト効率を示すCPI=EV/AC=400/600=0.67(低いほど悪化)、スケジュール効率を示すSPI=EV/PV=400/500=0.8(1未満で遅延)です。差異としては、CV=EV-AC=-200万円(コスト超過)、SV=EV-PV=-100万円(スケジュール遅延)となります。
将来予測として、今の非効率が続くと仮定する標準式EAC=BAC/CPI=1,000/0.67≒1,500万円。つまり500万円の超過見込みです。一方、是正策で以降のCPIを0.90まで改善できると見込むなら、EAC=AC+(BAC-EV)/0.90=600+600/0.90=約1,266.7万円へ圧縮可能——こうした「改善目標の数値化」が意思決定を加速させます。
TCPI(To-Complete Performance Index)も有効です。TCPI=(BAC-EV)/(BAC-AC)=(1,000-400)/(1,000-600)=600/400=1.5。残り工程でCPI1.5の効率を達成しないと予算内完了できないという意味で、現実性の評価軸になります。1.2を超えるようなら、スコープ調整やリプランが現実的です。
ポイントは、数字から“打ち手”に落とす筋道を標準化すること。CPI<0.9なら「品質・欠陥率・スコープ膨張・スキルミスマッチ」を疑い、SPI メモ:アジャイルの場合、EVは受入済みストーリーポイント比率×BACで近似できます。スプリント境界での0/100評価を徹底し、半端な“進み具合”の自己申告を排除するのがコツです。
実務への落とし込み:ベンダー管理・変更管理・経営報告・定例会・リスク管理にEVMを活かす
ベンダー管理では、RFP/契約段階で「EVM準拠レポート提出(PV/EV/AC、CPI/SPI、EAC、Sカーブ)」「出来高ルール」「WBS粒度」「ステータス頻度」を明記します。支払いはEVM値に直接連動させず、受入マイルストーン+EVM健全性(アラートしきい値)で統制するのが実務的です。
変更管理は、CR(Change Request)でBACやスケジュールが影響を受けるため、承認後にベースラインを再凍結(Re-baseline)します。重要なのは「履歴管理」と「EVの中立性」——変更で増えたスコープに事後的な出来高を付与しないこと、凍結日と影響範囲を明確に残すことです。
経営報告は、1ページのエグゼクティブ・サマリーを標準化します。推奨項目は、CPI/SPI、EAC・予算差、次の60日での重要マイルストーン、トップ3リスク(確率×影響×対策)、意思決定が必要な論点(例:CR承認、優先度変更、外部調達追加)です。グラフはSカーブとトレンド矢印に絞り、読み手の負担を減らします。
定例会は「週次オペレーション」「月次ステアリング」の二階建てにします。週次は課題・依存関係・是正行動の進捗確認に集中、月次はEVMの全指標とEACの見直し、リソース再配置、CRの優先付けを扱います。毎回同じフォーマットで、前回合意事項の差分から入ると時短になります。
リスク管理では、EVMを“事後指標”としてだけでなく“トリガー”として使います。例えば「CPI<0.9が2期連続なら欠陥分析ワークショップ開催」「SPI 構造化図(是正の標準フロー)
しきい値逸脱検知 → 原因仮説(スコープ/品質/依存関係/資源) → 是正案(再計画/再優先/増員/品質強化) → EAC再試算 → 合意 → 翌期CPI/SPIで検証
EVMは、現場の“肌感覚”を否定するものではなく、それを経営判断に翻訳する通訳器です。発注側が基準線とルールを握り、数字で早期に気づき、定型の打ち手に接続する——この一連の運用が回りはじめると、報告は短く、議論は深く、意思決定は速くなります。まずは小規模案件でテンプレートを試し、成功パターンを標準化して横展開してください。数字で語れるプロジェクトは、強い。
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