発注側リーダー必読:利用部門の「今のままで困っていない」を変える課題認識の可視化

ケーススタディ

あなたも、週次の定例でこう言われていないでしょうか。「今のままで困っていないので、その話はまた後で」。ベンダーは説明を重ね、あなたは社内で稟議の根拠を問われ、利用部門は現場の忙しさを理由に議論が流れます。気づけば四半期が終わり、プロジェクトの温度が下がっていきます。

本記事では、「今は困っていない」を突破するために、課題認識を数字で可視化する具体的なやり方と、会議・メールでそのまま使える言い回しを提示します。

利用部門から「今のままで困っていない」と言われる現場の実態(典型事例・失敗パターン)

利用部門の担当課長は、日々のオペレーションを止めずに回す責任があります。彼らにとっての「困りごと」は、業務が止まる、顧客に迷惑がかかる、監査で指摘される、といった「今日の火消し」です。ここで「新システムで効率化しましょう」と切り出すと、よくある反応は次のとおりです。

  • 「今は現場が工夫して回しているので大丈夫です」
  • 「確かに不便だが、わざわざ変えてリスクを取りたくない」
  • 「もし導入するなら、全部が完璧になってから検討したい」

現場ではExcelのマクロが二重管理され、申請は紙+メールで重複、名寄せは手作業、属人化した手順が散在します。それでも「止まっていない」ので、優先度は上がりません。発注側が焦って「新しいシステムのメリット」を語るほど、「それは理想だが今は困っていない」と水を差されます。

このまま進むと、次の悪化が起きます。

  • 目的が「説得すること」に変質し、ファクト(事実)より主観の衝突になる
  • ベンダーは「刺さる機能」を当てにいくため、個別要望の寄せ集めでスコープが肥大化
  • 稟議では「費用対効果の根拠は?」と突っ込まれ、数字がなく差し戻し
  • 現場の協力は細り、追加ヒアリングも断られ、四半期末に予算が流れる

要するに、「困っていない」は議論の終わりではなく、課題の見せ方が「主観×将来メリット」に偏っているサインです。解き方はシンプルで、「今日の業務の事実」を拾い、「影響」を平易な数字(時間・件数・金額)に落とすことです。相手の世界にある「今日の火消し」と同じ言語に合わせる必要があります。

課題認識を可視化する原理:「事実→影響→金額化」の一本化 と 「四象限での優先度整理」

本記事ではフレームを2つに絞ります。

  1. 事実→影響→金額化(F→I→Y)
    • 要素
      • 事実(Fact):目で見える出来事や測れる数値。「月末の突合せで同じ番号を2回入力している」「請求差戻しが月9件」など。
      • 影響(Impact):その事実が引き起こす結果。「入力に毎月50時間」「差戻し1件あたり30分の再作業」など。
      • 金額化(Yen):時間・件数・確率から円換算。「工数×時間単価」「発生確率×損失額」で期待値を算出します。期待値とは「平均的に見込まれる損失(Expected Value)」のことです。
    • これを1枚にまとめ、会議の口頭戦ではなく「紙と数字」で判断できる状態にします。お金・時間・社内政治の観点での効能は以下です。
      • お金:稟議の「費用対効果」に直結。投資額と、毎月のムダの削減見込みを上下に並べれば、回収期間が明確になります。
      • 時間:主観論争を排し、決めるための議論(閾値の設定、スコープの絞り込み)に集中できます。
      • 社内政治:個人攻撃にならず、「事実に対して組織としてどうするか」に話を移せます。反対派の顔を立てつつ合意形成ができます。
  2. 四象限マトリクス:主観の困り度 × 客観の影響額
    • 「今は困っていない」課題は、主観の困り度は低いが、客観の影響額が大きいケースが混ざっています。ここを可視化します。
      • 縦軸:影響額(時間+金額+リスクの期待値)
      • 横軸:現場の困り度(ヒアリングで1〜5評価)
    • 右下(困り度は低いが影響額は大):放置すると効率と監査リスクを食い続ける“見えない赤字”。まずはここから1〜2件着手すると政治的摩擦が小さく、効果が出ます。

この2つは、難しい分析を避け、最低限の測定で意思決定に耐える材料をつくるやり方です。目的は「相手を説得すること」ではなく、「意思決定を可能にする資料を最短で用意すること」です。

そのまま使えるテンプレート・話法・フォーマット(コピペ可)

以下は、明日からそのまま使えるセットです。

■課題カード(1件=A4半分)

項目記入例
事実(Fact)月末請求の突合せで顧客番号を2回手入力。ダブルチェックはメールで依頼
発生頻度・対象月300件、担当2名
現状対処入力者→確認者へメール送付、差戻しは再入力
影響(時間)入力5分+確認3分=8分/件 → 月40時間
影響(金額)時給4,000円換算で月160,000円
リスク(期待値)ミス率3%×補償2万円×300件=180,000円/月
合計影響340,000円/月(時間+リスク)
理想/受入基準二重入力ゼロ。突合せは自動、例外のみ確認(5件/日以内)
証拠画面キャプチャ、メールログ、タイムスタンプ

■早見表(概算のための単価)

項目標準値(仮置き)
社員の総人件費時給4,000円(社会保険・間接費込みの目安)
監査指摘対応1件8時間相当
顧客クレーム補償1件20,000円
事務メールの確認時間1通10分

■会議トークスクリプト

  1. 前置き(2分)

    • 「評価や感想ではなく、事実と数字だけを見に来ました。今日は3件だけ、時間とお金に直したメモを持ってきました。」

  2. 事実確認(15分)
    • 「この手順、1件あたり何分かかりますか?月に何件ですか?確認だけで結構です。」
  3. 影響の試算(10分)
    • 「今の聞き取りだと、月40時間ですね。時給4,000円で16万円。ミスの期待値が18万円。合計34万円。見込みの範囲で構いません。」
  4. 優先度の合意(10分)
    • 「困り度は低めでも、影響額が高い右下の2件から、小さく着手しませんか。」
  5. 次アクション(5分)
    • 「来週までに“例外条件の定義”を一緒に10分で棚卸しさせてください。」

典型フレーズ(会議で)

「『困っていない』は理解しています。今日は“困り度は低いが月34万円損している可能性”の話だけさせてください。」

「ここからは主観を一切使いません。事実→影響→金額化の3行だけで進めます。」

返答メールテンプレ(「今は困っていない」への返信)

件名:件名:月次業務の可視化メモ(3件・合計影響34万円/月)

本文:
○○課長先日の件、「今は困っていない」との認識、承知しました。

口頭の議論を避けるため、事実→影響→金額化で3件だけ1枚にまとめました(添付A4×1)。

判断は○/○(水)の定例で10分いただければ十分です。

  ・事実:二重入力(月300件)
  ・影響:40時間/月=16万円
  ・リスク期待値:18万円/月・合計:34万円/月

反論ではなく、意思決定の材料提供が目的です。ご確認をお願いします。

■四象限のメモ欄(手書き推奨)

 困り度 低困り度 高
影響 大着手1位・2位事業継続リスク。別枠で即対応
影響 小後回し候補現場の工夫で様子見

この一式を「A4×1〜2枚」で持ち込むのがコツです。数字は荒くて構いません。会議中にその場で書き換えられる“鉛筆書きの数字”のほうが、関係者は納得しやすいです。

事例への適用:受発注Excel業務のBefore/Aafter(具体例)

背景:営業事務の受発注がExcel+メールで運用。あなたはワークフロー化を提案。利用部門は「今のままで困っていない」と回答。

Before(ありがちな展開)

あなた:「クラウド化でミスが減ります。承認もスマホで…」
利用部門:「現場は慣れてます。今は締めも回ってます」
あなた:「監査も厳しくなりますし…」
利用部門:「導入の教育が大変。忙しいのは今です」

結果:機能の話ばかりで、優先度は議論できず。ベンダーは見積を出すが、稟議の根拠が弱く差し戻し。

After(フレームを適用)

  1. 事実の採取
    • 観察とヒアリングで「受注入力5分/件、確認3分/件、月300件、担当2名」をメモ
    • ミス率は直近3ヶ月の差戻しメールから「3%(9件/月)」と把握
  2. 影響の算出
    • 時間:8分×300件=2,400分=40時間/月。時給4,000円で160,000円/月
    • リスク期待値:9件×20,000円=180,000円/月(補償や値引き、信用コスト含む)
    • 合計影響:340,000円/月
  3. 四象限での位置付け
    • 困り度(主観):2/5(慣れている)
    • 影響額(客観):34万円/月(右下象限=今は困らないが高コスト)
  4. 会議での提示
    • 「困り度は低い前提で、月34万円の“見えない赤字”を10分だけ確認させてください。」
    • A4の課題カードを提示。数字の根拠(件数、分単位、ミス率)を提示
  5. – 選択肢を提示:
  6. 「全体刷新ではなく、まず“例外以外を自動登録”の小粒リリースで、40時間→10時間に。投資80万円、回収は約2.5ヶ月です。」

5) 意思決定(5分)
– 合意の言葉を引き出す:

「例外定義の棚卸し(10件)を一緒にやれば、来月から試せます。定例の最後に10分ください。」

Before/Afterの差は、セールストークから「事実→影響→金額」への転換です。主観の対立が消え、稟議の目線(回収期間、リスク期待値)が紙1枚で揃います。結果、全体刷新の政治的摩擦を避けつつ、「小さく始める」承認を取りやすくなります。なお、数字は最初から正確である必要はありません。会議中に関係者の前で見直し(例:時給3,500円に修正、ミス率2%に訂正)を行うほうが、信頼を得られます。重要なのは、「困っていない」という主観を否定せず、「それでも毎月これだけの損失が出ている」事実を淡々と見せることです。

まとめ

  • 「今のままで困っていない」は終わりの言葉ではなく、課題の見せ方が主観寄りであるサインです。口頭の説得をやめ、「事実→影響→金額化(F→I→Y)」の1枚に落とし込みます。
  • 影響額は「時間×単価」と「リスクの期待値(発生確率×損失額)」で十分。荒い数字から始め、会議中に鉛筆で修正すれば合意形成が進みます。
  • 四象限(困り度×影響額)で「今は困らないが影響大」を1〜2件だけ選び、小粒で短期回収の打ち手に分解します。政治的摩擦を最小化できます。
  • 明日一つだけやるなら:あなたの案件で「課題カード」を3枚作り、A4×1にまとめて次回会議に持ち込んでください。冒頭で「今日は事実と数字だけを10分」と宣言し、判断の場を設計しましょう。

参考リンク


– 経済産業省「DX推進指標」: https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/dx/dx_suishin_index.html
– OMG「Business Process Model and Notation (BPMN) 2.0 仕様」: https://www.omg.org/spec/BPMN/2.0/2.0/PDF

コメント

タイトルとURLをコピーしました