「効果測定できない」はもう卒業!業務側リーダーのためのKPI設計と成功術

ケーススタディ

「システム導入効果不明」で終わる残念なプロジェクトの正体

「新しいシステムを導入したのに、結局何がどう良くなったのか、いまいちピンとこない…」
「稟議を通すときは『〇〇%の業務効率化!』と大々的に宣言したのに、いざ蓋を開けてみたら、具体的な効果を測る術がない…」
こんな経験、あなたにはありませんか?

ITプロジェクトの現場では、システムが稼働し、めでたくリリースを迎えたにもかかわらず、「効果測定ができない」という理由で、プロジェクトの真の価値が闇に葬られてしまうことが少なくありません。

例えば、ある会社で顧客からの問い合わせ対応を効率化するため、AIチャットボットと新しい顧客管理システム(CRM: Customer Relationship Management)を導入するプロジェクトを進めていたとします。業務側のリーダーであるあなたは、システム部門やベンダーと協力し、要件定義から開発、テストまで奔走しました。

しかし、プロジェクトの終盤、ユーザー受入テスト(UAT: User Acceptance Test)で想定外の不具合が多発。リリース日が迫る中で、あなたとチームは連日深夜まで残業し、テスト項目の消化とバグ修正の確認に追われます。本来であれば、導入後の効果をどう測るか、その準備を進めるべき時期ですが、目の前のトラブル対応で手一杯。結果として「システムの品質確保」がプロジェクトの唯一のゴールになってしまいます。

そして、ようやくシステムがリリースされた後、上層部からは「で、本当に問い合わせ対応は早くなったの?」「コストは削減されたの?」と問われますが、あなたは明確な数値を提示できません。「なんとなく早くなった気がします」「社員の負担は減ったと思います」といった曖昧な報告しかできず、上層部の顔は曇るばかり。せっかくの努力が報われず、次のDX(Digital Transformation / デジタルトランスフォーメーション)案件への投資も渋られてしまうかもしれません。

このような状況は、あなたの評価を下げ、チームのモチベーションを奪い、会社全体のデジタル投資への不信感を生み出しかねません。しかし、ご安心ください。本記事を読めば、明日から会議で使えるKPI(Key Performance Indicator / 重要業績評価指標)設計の具体的な方法と、ベンダーとの合意形成のコツが手に入ります。

効果測定が後回しになる「業務側リーダーの落とし穴」

なぜ、多くのプロジェクトで効果測定が後回しになってしまうのでしょうか?その背景には、業務側のリーダーが陥りやすい、いくつかの「落とし穴」があります。

1. 「システム導入」が目的になってしまう思考

私たちはつい、「新しいシステムを入れること」自体をプロジェクトの成功と捉えがちです。しかし、システムはあくまで「手段」であり、その先に「業務改善」「コスト削減」「売上向上」といった「目的」があるはずです。この目的意識が薄れると、システムの機能が予定通り動けば良し、となり、その機能がもたらす効果を測定することへの意識が希薄になります。先ほどのチャットボットの例では、「チャットボットが動くこと」がゴールになってしまい、「問い合わせ対応時間の短縮」という真のゴールを見失ってしまうのです。

2. ベンダーとの役割分担の曖昧さ

ベンダーはシステムの構築や導入のプロフェッショナルです。彼らの契約範囲は、多くの場合「システムを開発し、稼働させること」まで。効果測定や業務改善は、本来、発注側である業務部門の責任範囲です。しかし、業務側が効果測定の具体的な方法を提示できないと、ベンダーも「それは契約外」と協力に及び腰になることがあります。結果として、誰も効果測定の責任を負わない「責任の空白地帯」が生まれてしまいます。

3. 日々のトラブル対応に追われる現実

プロジェクト進行中、特にテストフェーズやリリース直後は、不具合対応や細かな調整で業務側リーダーは多忙を極めます。目の前の火消しに追われていると、どうしても将来の「効果測定」という、やや抽象的で緊急度の低いタスクは後回しになりがちです。しかし、その「後回し」が、プロジェクトの最終的な評価を大きく左右するのです。

お金・時間・社内評価の観点から見た「落とし穴」の代償

この「効果測定の後回し」は、あなた個人にとっても、会社にとっても大きな代償を伴います。

  • お金(予算): 効果が数値で証明できないと、上層部は「この投資は本当に必要だったのか?」と疑問を持ちます。結果として、次のプロジェクトの予算が承認されにくくなり、DX推進の足かせとなる可能性があります。投資対効果(ROI: Return On Investment)が不明なプロジェクトは、会社にとってリスクでしかありません。
  • 時間(リソース): プロジェクト完了後に慌てて効果測定をしようとしても、必要なデータが取得されていなかったり、計測環境が整っていなかったりすることがほとんどです。過去のデータを探したり、新たな計測ツールを導入したりする手間は、余計な時間とコストを生み出します。
  • 評価: プロジェクトリーダーとして、あなたは投資した費用に見合う成果を出す責任があります。効果を明確に示せないことは、あなたの評価を下げるだけでなく、他部署からの協力も得にくくなり、今後のキャリアにも影響を及ぼしかねません。

これらの落とし穴を避けるためには、プロジェクトの初期段階から「何を、どう測るか」を明確にし、ベンダーと合意形成しておくことが不可欠です。

効果測定設計の原理原則とKPI

効果測定を成功させ、あなたのプロジェクトを「成功事例」に変えるための原理原則は、たった一つ。「プロジェクトの目的を明確にし、その達成度を測るための具体的な指標(KPI)を、計画段階で定義する」ことです。

KPIとは何か?

KPI(Key Performance Indicator / 重要業績評価指標)とは、目標達成に向けたプロセスが適切に実行されているかを定量的に評価するための指標のことです。簡単に言えば、「このプロジェクトが成功したと言えるのは、どんな数字がどうなったら?」を具体的に示すものです。

KPI設計の原理原則:SMART原則と先行指標・遅行指標

KPIを設計する際には、以下の2つの原則を意識してください。

  1. SMART原則:

    KPIは以下の5つの要素を満たすように設計すると、非常に効果的です。

    • Specific(具体的に):何を、誰が、どのようにするのか、明確に表現されているか。

    • Measurable(測定可能に):数値で測れるか。達成度を客観的に判断できるか。

    • Achievable(達成可能に):現実的に達成できる目標か。

    • Relevant(関連性がある):組織やプロジェクトの目標と密接に関連しているか。

    • Time-bound(期限を設けて):いつまでに達成するのか、明確な期限が設定されているか。


    例えば、「問い合わせ対応を早くする」では不十分です。「3ヶ月以内に、顧客からの電話問い合わせ対応時間を平均5分から4分に短縮する」のように具体化することで、SMARTなKPIになります。


  2. 先行指標(Leading Indicator)と遅行指標(Lagging Indicator):

    効果測定には、プロジェクトの進行中に現状を把握し、軌道修正に役立つ「先行指標」と、プロジェクトの最終的な成果を示す「遅行指標」の両方を設定することが重要です。
    • 先行指標: 将来の成果を予測する指標です。例えば、システム導入後の「システム利用率」「新機能のトレーニング受講率」「FAQの参照数」など。これらの数字が低い場合、最終的な効果(遅行指標)も上がらない可能性が高いと判断し、早めに改善策を打てます。
    • 遅行指標: プロジェクト完了後に計測できる最終的な成果を示す指標です。例えば、「コスト削減額」「顧客満足度」「売上増加率」など。これらはプロジェクトの最終的な成功を測る上で最も重要な指標となります。

業務側のリーダーとしては、遅行指標だけでなく、プロジェクト進行中に測定できる先行指標にも着目することで、手遅れになる前に対応できるため、プロジェクトマネジメントの質が格段に向上します。

ベンダーと合意する「KPI設計シート」と会議の進め方

KPIを設計したら、それをベンダーと共有し、具体的な計測方法について合意形成することが非常に重要です。ここでは、実務でそのまま使える「KPI設計シート」と、会議での効果的な進め方をご紹介します。

KPI設計シート(テンプレート)

以下の表は、プロジェクトのKPIを整理し、ベンダーと合意形成するためのシートの例です。これを参考に、あなたのプロジェクトに合わせてカスタマイズして活用してください。

項目説明記入例(チャットボット導入プロジェクト)
プロジェクト目的このプロジェクトで最終的に何を達成したいのか(例:業務効率化、顧客満足度向上、売上増)顧客からの問い合わせ対応業務の効率化と、担当者の負担軽減
最終目標プロジェクト目的を具体的に数値化したもの(SMART原則を意識)3ヶ月以内に、電話問い合わせ対応時間を平均5分から4分に短縮する
KPI(遅行指標)最終目標の達成度を測る主要な指標問い合わせ受付から解決までの平均時間(分)
KPI(先行指標)最終目標達成に向けた進捗を測る、プロジェクト中に測定できる指標1. チャットボットの利用率(全問い合わせ数に対するチャットボット経由の割合)
2. FAQの参照数(チャットボット内で解決できた割合)
3. エスカレーション件数(チャットボットで解決できず、オペレーターに引き継がれた件数)
計測方法各KPIを「どのように」測定するか。システムログ、アンケート、手動集計など。ベンダーとの合意が最も重要1. システムログ(CRMの対応履歴データから自動集計)
2. チャットボットの管理画面からデータ取得
3. チャットボットの管理画面からデータ取得
計測頻度いつ(毎日、毎週、毎月など)測定するか毎月
目標値各KPIの具体的な達成目標値1. 平均対応時間:4分
2. 利用率:60%
3. FAQ参照数:50%
4. エスカレーション件数:月間200件以下
現状値プロジェクト開始前の現状の数値。目標値と比較するために必要。必ず取得する1. 平均対応時間:5分
2. チャットボット未導入
3. チャットボット未導入
4. チャットボット未導入
データ取得担当誰がデータの取得・集計を行うか(業務側、システム側、ベンダーなど)業務側(システムからのデータ抽出はベンダー協力)
備考特記事項、課題などシステム改修が必要な場合は要件定義フェーズで盛り込む

会議での効果的な進め方とセリフ例

このシートを準備したら、ベンダーとの定例会議や、要件定義フェーズの初期段階で議題に上げましょう。

  1. 導入のセリフ例:
    「皆さん、本日はこのプロジェクトの成功を、リリース後も客観的に評価するためのKPI設計について議論させてください。稟議書にも〇〇%の効率化と記載しましたが、それを具体的にどう測るか、リリース前に合意しておくことが重要だと考えています。」
  2. シートの説明と議論の進め方:
    「このKPI設計シートに、プロジェクトの目的から最終目標、そしてそれを測るための具体的なKPIを記載しました。特に重要なのは『計測方法』の項目です。例えば、『問い合わせ受付から解決までの平均時間』は、CRMの対応履歴データから自動集計したいと考えていますが、システム側でこのようなデータが取得可能でしょうか? もし可能であれば、どのような形式でデータが抽出できるか、また、そのためのシステム改修が必要であれば、要件定義に盛り込みたいです。」
  3. ベンダーへの依頼と協力体制の確認:
    「このシートのKPIを達成するために、ベンダーさんのシステム開発の知見をぜひお借りしたいです。具体的には、これらのKPIを計測するための機能や、データ連携の仕組みについて、ご協力いただくことは可能でしょうか? どの部分をシステムで自動化できて、どの部分が業務側の手作業になるのか、この場で具体的に詰めていきたいです。」
    「現状値のデータ取得についても、システムから抽出できるデータがあれば、ご協力いただけますか?」

ベンダーはシステム構築のプロですが、効果測定のプロではありません。彼らに「なぜこのKPIが必要なのか」を丁寧に説明し、彼らの技術的な知見を借りながら、具体的な計測方法を一緒に考えてもらう姿勢が重要です。この合意形成を怠ると、後になって「そんな機能は開発範囲外です」「データは出せません」といったトラブルに発展しかねません。

「効果不明」案件を「成功事例」に変える事例イメージ

先ほど冒頭で触れた「効果不明」に終わるプロジェクトの例を、このKPI設計シートと会議の進め方を活用して、「成功事例」に変える具体的なステップを見ていきましょう。

【効果不明案件(Before)】
新顧客管理システム導入による「顧客対応時間20%短縮」を目標に掲げたが、具体的な測定方法が未定。ユーザー受入テストでの不具合対応に追われ、リリース後「なんとなく早くなった気がする」で終了。上層部からは効果を疑問視され、次のシステム投資の稟議が通りにくい状況。


【成功事例(After)】

ステップ1:プロジェクト初期段階での「目的とKPIの明確化」

  • 実施内容: プロジェクトのキックオフ直後、または要件定義フェーズの初期に、業務側のリーダーが「KPI設計シート」を作成。
    • プロジェクト目的: 顧客からの問い合わせ対応業務の効率化と、担当者の負担軽減。
    • 最終目標: 3ヶ月以内に、電話問い合わせ対応時間を平均5分から4分に短縮する(20%短縮)。
    • KPI(遅行指標): 問い合わせ受付から解決までの平均時間(分)。
    • KPI(先行指標):
      1. チャットボットの利用率(全問い合わせ数に対するチャットボット経由の割合)
      2. FAQの参照数(チャットボット内で解決できた割合)
      3. エスカレーション件数(チャットボットで解決できず、オペレーターに引き継がれた件数)
    • 現状値の取得: システム導入前の平均対応時間(5分)を、過去の対応履歴データから集計。チャットボットは未導入のため0。

ステップ2:ベンダーとの「KPI設計シート」を活用した合意形成

  • 実施内容: 作成したKPI設計シートを基に、ベンダーとの定例会議で議題を設定。
    • 会議での発言例:
      「このプロジェクトの最終的な成功を測るため、このシートで定めたKPIについて、システムで取得できるデータと、業務側で計測するデータ、それぞれどのように連携していくか、具体的な方法を決めたいです。特に『問い合わせ受付から解決までの平均時間』は、CRMの対応履歴から自動で集計できると助かりますが、システムとして可能でしょうか? もし追加開発が必要であれば、早めに要件定義に盛り込みたいです。」
    • 合意形成:
      • ベンダーは「CRMのログから、対応開始時刻と終了時刻は取得可能です。それらを加工して平均時間を算出する機能は追加開発が必要ですが、要件定義に含めることは可能です。」と回答。
      • チャットボットの先行指標については、チャットボットの管理画面から利用率やFAQ参照数、エスカレーション件数が取得できることを確認。
      • データ取得担当は、システムからのデータ抽出はベンダー、それ以外の加工・分析は業務側と役割分担を明確化。

ステップ3:リリース後の「定期的な進捗確認と報告」

  • 実施内容: システムリリース後も、KPI設計シートに基づいて定期的に効果測定を実施し、上層部へ報告。
    • 測定結果:
      • リリース1ヶ月後:平均対応時間 4.5分(目標4分に未達)。チャットボット利用率 40%(目標60%に未達)。
      • 先行指標から課題発見: チャットボットの利用率が低い原因を分析した結果、「チャットボットの存在が顧客に十分に認知されていない」「回答精度が低く、途中で離脱する顧客が多い」ことが判明。
    • 改善策:
      • Webサイトでのチャットボットの表示を強化し、利用を促す施策を実施。
      • FAQの内容を見直し、チャットボットの回答精度を向上させるための学習データを追加。
    • 上層部への報告:
      「リリース1ヶ月時点では、平均対応時間は4.5分と目標の4分には届いておりません。しかし、先行指標であるチャットボット利用率が40%と低かったため、現在、認知度向上と回答精度改善の施策を進めています。来月には50%、3ヶ月後には目標の60%を目指します。最終目標達成に向けて、引き続き改善活動を推進してまいります。」

【結果】
このプロジェクトは、単にシステムを導入して終わりではありませんでした。KPIを明確にし、ベンダーと協力して計測の仕組みを整え、定期的に進捗を管理したことで、目標未達の原因を早期に特定し、改善策を講じることができました。結果として、最終的な目標達成に近づくだけでなく、上層部からの信頼を獲得し、次のDX案件への予算もスムーズに承認されました。業務側のリーダーであるあなたの評価も、「結果を出せるプロマネ」として大きく向上したのです。

まとめ

ITやデジタルプロジェクトにおいて、「効果測定できない」は、もはや許されません。プロジェクトの価値を最大化し、あなた自身の評価を高めるためには、以下の3点を意識することが重要です。

  1. プロジェクトの目的と目標を、SMART原則に基づいた具体的なKPIに落とし込むこと。
  2. KPI設計シートを活用し、ベンダーと計測方法や役割分担について早期に合意形成すること。
  3. 先行指標も活用して、リリース後も継続的に効果を測定し、改善サイクルを回すこと。

明日、あなたが会議で試すべきことはただ一つ。今担当している、あるいはこれから始まるプロジェクトの「最終的な成功」を、「どんな数値が、どうなったら成功と言えるのか?」という視点で、KPIを一つだけ考えてみてください。その一歩が、あなたのプロジェクトを「効果不明」から「成功事例」へと変える大きな転換点となるはずです。

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